事業承継を考える(8) 先代も後継者も覚悟が大事です

 日露戦争期の帝国陸海軍とは異なり昭和の帝国陸海軍は人事抗争に明け暮れ、最終的には総理大臣兼陸軍大臣兼陸軍参謀総長東条英機陸軍大将と海軍大臣兼軍令部総長嶋田繁太郎海軍大将が残ったといわれています。この人事が適任かどうかの評価をすることが問題ではありません。(ちなみに、一般的な評価は「東条英機陸軍大将は完全な軍人官僚で面白みのない人物、嶋田『陸軍』大臣」です。)問題なのは、戦争指導をするにあたって当初は兼任ではなかった「総理大臣兼陸軍大臣兼陸軍参謀総長」、「海軍大臣兼海軍軍令部総長」なる肩書を必要としたことであり、平時であったとしても兼任が困難とされる軍政と軍令の責任者の兼任を適任者とは思えない(少なくとも東条英機大将は軍令に明るい人間との評価はありません、ないから石原莞爾中将を予備役に追い込んでいます)人間が戦時に行ったことです。東条英機、嶋田繁太郎両大将は『ノブレス・オブリージュ』に基づいてこの人事を断行し、戦争指導を行ったのでしょう。

翻って事業承継において一番問題になるのは「誰に、何を引き継ぐか」ですが、人の生命がかかっているため最も合理的に後任者を引き継ぐといわれている帝国陸海軍ですら人事抗争に明け暮れているといわれているのですから、企業の場合はもっと非合理的な理由で引継ぎが行われるかもしれません。特に、割合は低下してきているとはいえ、小規模企業の場合は社長の息子は社長、あるいは社長の娘婿が社長というふうに承継せざるを得ない状況にある公算が大きいものです。事業承継においては2種類の覚悟が必要ではないでしょうか。

第一点は先代経営者の覚悟で、事業承継時にスキル、信用、リーダーシップ、その他もろもろにわたり後継者が先代を上回ることはほぼないということです。これは単純に後継者の経験年数の不足に由来します。先代経営者が考える後継者の育成に必要とする時間のアンケートを見ると企業規模が小さくなると短く答える傾向があるのは単純に仕事量が少ないと思っているのでしょうか。ということは、何か一点だけを絞れば後継者は先代経営者と対等になる箇所が生まれる可能性があります。ですが、「後継者は頼りないからしっかりするまで待つ」のであれば、経験年数だけで判断するなら後継者は先代経営者を追い抜くことは「絶対に」起こり得ません。

第二点は後継者の覚悟で、自信がつくまで待つと時機を逸するということです。会社の競争力の源泉は「知的資産」として継承される必要があるものですが、案外この重要性は把握されません。よく「男は黙って背中を見ろ」などといいますが、黙って背中を見る理由は知的資産が目にすることが困難であることに由来します。目にすることが困難であるはずのものを可能にする道具が学問です。学問は言語、図面、音楽、色調などの五感に訴えて意識化することによって知的資産として認識します。この、学問を使って疑似体験をすることで自信がつくまで待つとする時間の短縮を図ることが事業承継においては大事となります。事業承継に登場する主体は先代経営者、後継者の他に取引先、仕入先、競争相手、代替品供給者、市場関係者、金融機関、政府関係者といった方々が登場しますが、この人たちは短時間でけりをつけてほしい人ばかりです。関係者は何事もなかったように取引を継続したいはずですから短時間で勝負する必要があります。後継者に求められる覚悟の本質は、事業承継は短時間でけりをつけるというものです。

言い換えるならば、事業承継においては先代経営者も後継者も事前の準備と覚悟が大事です。