J.C.ワイリー『戦略論の原点』を読む(8) 総合理論の発展

 ワイリー提督は自ら提唱する総合戦略理論の妥当性検証を行うために戦争に共通項があるかどうかの整理を行います。適応対象となる戦争に共通項がないにもかかわらず総合戦略理論を提唱することは理論設計に無理があるためです。戦争には1)侵略者側と防御者側が存在すること、2)侵略者側には、①主に軍事的手段を使って防御者側をコントロールすること、②防御者側に己の要求を強制的に飲ませる方法を確立し維持すること、の意図があること、③勝利へ向かうかある種の均衡状態が生じて状況を打開できない状態がはっきりしない状態になるかのいずれかになる、3)防御者側には、①侵略者側の攻撃を受けることによりトラブルに悩まされ全力で助けを求めて侵略者の支配から逃れようとする段階があること、②侵略者の勢いを殺して戦況の均衡状況に持ち込むこと、を意図する、3)侵略者、防御者ともに戦争の重大な意思決定を行うのは「戦況の均衡状況」に行き着いた時であり、意思決定の選択肢は①侵略者が最初に「自身にとって有利だ」と考えたやり方で戦争継続するか、②防御者が望む方向へ「戦争の重心」をシフトさせる新しいやり方に変更するかである。もちろん戦争は2陣営しかないというわけではないかもしれませんが、モデルとしては単純化して考察をすることは問題ないと考えます。ワイリー提督は、これまでで示した内容を使って、第二次ポエニ戦争、南北戦争、太平洋戦争と戦局の変化について「重心の移動」をキーワードにおいて説明を行いますが、そのこと自体を紹介することは意味がないので省略します。  ここで重要なことは、戦略理論の構築に用いるための方法論は史学による外ないということです。また、理論検証による際も先例に求めていく以外にありません。この方法論で問題となるのは、先例を使って解析をするため先のことは説明できても予測と制御ができない構造にあることです。ただ、先例から共通点を抽出して理論を構築したとしても、統合戦略理論に将来予測を行う方法論を組み込むことさえできるのであればその問題は解消できます。将来予測の方法論ですが、まず、自身の将来は計画ですから意思で説明できますので問題ありません。問題となるのは外部要因で、まずは相手方に対しての当方の意図を強要することですが、これは根拠が必要となりますが、通常は武力となります。武力は兵器の質と量に運用する人間の質と量を掛け合わせたものです。これらについても自分の意思によって定まります。なぜならば、戦略とは定義から導きますが、あくまで将来を志向した目標と計画とねらいが混然一体となったものだからです。将来予測のうち、残りについては自身の意思が及ばないもので、自然環境や相手側の意思決定プロセスの大部分が該当します。自然環境の予測については天気、地震、火山の噴火等の予測がそれぞれの方法論に従って行われています。相手側の意思決定について類推するツールはオペレーションズリサーチ等が想定され、予測と制御を加えるならこれらを参照することになります。