J.C.ワイリー『戦略論の原点』を読む(9) とりあえずの結論

 ワイリー提督は自ら提唱する総合戦略理論のエッセンスを、①戦略家が実戦時に目指さなければならない最大の目標は、自分の意図した度合いで敵を「コントロール」すること、②これは戦争のパターンによって達成されること、③この戦争のパターンの支配は、味方にとっては有利、敵にとっては不利になるようなところへ重心を動かすことによって実現される、と提示します。また、理論を適用するために、①限定的な理論が導く想定と現実が一致する場合はその理論が応用できる、②コントロールの対象は人間に関するものであるため数学的な分析があまり役に立たない、③「コントロール」がもたらすプレッシャーや制約はおそらく目立たないが広範囲にわたって強い効果を持つ可能性が高いとする三つの教訓を導きます。言い換えるなら、戦略の目的は敵をコントロールすることであり、その目的を実現するためには戦争においては「重心」を操作するという手段を用います。ここまでの議論の結果、ワイリー提督は「戦略に知的な秩序を取り入れる方法は、まだほとんど発展させられていない」とする驚くべき結論を提示します。彼が戦争の理解に貢献したとする戦略思想家に学者がコーベットしかいないという理由から専門用語の開発が行われていない、ここの思想家がバラバラに己の思索のみで理論を構築しているとするのがその理由です。洋の東西を問わず戦略論が査読制の研究になじむものかどうかわかりません。  翻って経営戦略とは何かという問いに対して、ここでは『「将来のありたい姿(中核戦略)」と「そこへ至るための変革のシナリオ(展開戦略)」』。であるとする伊丹敬之教授の説明を引用しますが、その内容がどのようなものかを説明するだけで『経営戦略の論理』という本を一冊執筆しますので深追いしません。ただ、中核戦略の要素として①製品、市場ポートフォリオ、②ビジネスシステム、③経営資源ポートフォリオがあり、展開戦略の要素として、④主たる事業分野での新製品開発、価格設定、広告あるいは工場立地や流通網の整備、⑤顧客ニーズと競争相手の動向を踏まえて、⑥どのように事業展開を図るかとなります。ここでワイリー提督の総合戦略理論とのズレを確認するわけですが、中長期の計画を相手との兼ね合いで、自らが有利なようにコントロールするように意思決定をし、その結果組織としての生死が決まるという点が類似点となります。相違点として戦略論と対象となる戦闘は攻撃側と防御側しかない(第三者は局外中立になります)のですが、経営戦略の世界では顧客、競争相手、自社の三面性があるため計画の対象がちょっとだけ複雑になります。また、勝敗ラインを提供しないのは双方とも類似点となります。戦例でいえば、国家に対する無条件降伏以外を勝利としないことを戦略論から導くことはできませんし、引退しましたが西野カナのアルバムの世帯普及率100%以外は普及しないとすると判定できないとすることもできません。従って、戦略家たるもの戦略論の論理だけを追求するだけでは役不足になるということになります。