事業システム戦略論が難しい理由(5) 学際的だから

 『事業システム戦略』を紐解きますと、事業システム戦略論の背景となる学問的知見にはミクロ経済学、社会学、心理学、工学の4つの学問領域があることがわかります。小室直樹博士の見解に従えば人文科学および社会科学の学問領域において「科学的」であるのは心理学と経済学に限定されると言います。ここで言う「科学的」と言うのは自然科学的研究法が成立することを意味し、心理学は仮説実験検証が成立することにより科学的であり、経済学は数学的モデル構築を使った説明を行うことにより科学的である、と言います。社会学は小室博士の言う「科学的」ではないかもしれませんがいろいろな科学の方法論を導入して理論構築していますし、工学に至っては自然科学の応用となります。また、『世界の経営学者は今何を考えているのか』の中における入山章栄博士の要約に従えば、経営学は経済学、社会学、統計学のいずれかの学問的背景に従って理論構築されており、これらには共通言語がない状態であると言います。

 これらのことから、『事業システム戦略』が難解である理由を理解していただけるしょう。事業システム戦略論は、少なくとも4つの学問領域にまたがって理論構築をしており、それぞれにおいて方法論が異なることが混乱に拍車をかけることになります。『事業システム戦略』は仕組みを使って事業優位性を獲得するものですから、単一の学問的方法論に従うことは本質的に困難です。なぜならば、仕組みを作るために用いられる方法論はひとつに限定される必要はなく、ひとつであれば模倣される可能性が高くなるためです。あるいは、製品の模倣と言う形で表面上は模倣されることがあったとしても、生産管理「システム」の模倣は困難であることはトヨタのJUST IN TIME生産の模倣がほとんど見られないことからもいえることでしょう。各種学問の方法論を統合し一つの体系として構築することは誰にでもできることではないと思います。ですから、仕組みを使った戦略はオリジナリティがあるのです。

 では、サムスン電子が一時日の丸電子メーカーの「模倣」をできたのはと言うことですが、これは日の丸電子(ソニー、パナソニック、東芝などのエレクトロニクスメーカーを入れてください)の生産設備をコピーすると同時に、設計および生産管理技術者を引き抜いたことによります。この種の仕組みを作る人間は国益と言う言葉より設計の結果を表現することに喜びを感じるものであり、彼らの行動原理からすると日の丸電子であろうがコリアン電子であろうが表現する場所をあまり気にしないものです。

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