『孫子』入門(1) なんで孫子なのか

 私はこのたび自身が属している大東商工会議所青年部が発信するネットラジオ”場外乱闘!青年部が行く on NET ”で番組改編に当たりコーナーを持たせてもらうことになりました。これを受けて、自称「経営戦略論しか語ることのできないコンサルタント」としては経営戦略論の話をしようと決めました。経営戦略論として始めに取り上げるのは世界最古の戦略書にして現在でも読み続けられている『孫子』を取り上げることにしました。これを数回にわたり読んでいくつもりです。以下に示す文章はその際に用意したコラムです。

788px-Bamboo_book_-_unfolded_-_UCR 本屋に行けば「孫子」は古典文学のコーナーとビジネス書コーナーに置かれていることからもわかるとおり、れっきとした経営書でもあります。『孫子』を取り上げたのは2500年のときの重さに耐えた古典であるということで、中国とわが国以外で本格的に研究の対象となったのは1970年代以降ときわめて現代的な文献でもあることが戦略を語る上で避けて通れないということです。また、孫子はおよそ6000字で記載されているものであるため、記述がコンパクトという特徴があります。このため、解説によって理解がまったく異なるという現象を引き起こすという大変面白い書物です。なお、白文と読み下し文は岩波文庫で入手できます。

 『孫子』は第一巻始計編の書き出しで「戦争は国家にとって回避することのできない重要な問題である。戦争は国民にとって生死が決せられるところであり、国家にとっては、存続するか滅亡するかの分かれ道である。我々は徹底的に研究する必要がある」といっています。兵法書ですから戦争と書いてありますが、戦争をビジネス、国家を企業と読み替えると企業運営上の教訓とたちまちなってしまいます。何事も最初が肝心であるということです。計画を立てることが重要であり、計画を立てるには要素があると孫子はいいます。

 孫子のあげた計画を立てる要素は「五事七計一詭道」といいます。五事は外部環境です。孫子の言葉で言えば、道、天、地、将、法なのですが、これらは経営戦略論的に言えば内部外部環境を指している言葉です。次の七計は相手とわが方との関係を捉えたものです。現在風に言えば外部内部分析ということになります。五事の最初である「道(TAO)」は英訳では”moral influence”となります。孫子が言うには道とは「主権者と国民との精神的関係によって、国民が恐れ気もなく家庭や職場をなげうち、その指導者たちと生死を共にするほど心を一つにしているかを知る」ことをいいますが、指導者側が「道に反する」と国民の側は期待できないということは間違いありません。経営者として最初に必要となるのは心を一つにするための「良心と良識」ということになります。

 最初にも言っていますが「生死がかかっている」のですから、あくまで自分に対してうそをつかないことが重要なことです。では相手に対してはということに対しては「一詭道」が登場します。「人生には上り坂、下り坂、まさか3つのサカがある」というたとえ話があるのですが、こちらから「まさか」を仕掛けよ、というのが一詭道という言葉です。孫子は「戦争行為の本質は敵を欺くことにある」といいます。まさしく「まさか」の演出ということになります。

『孫子』に限らず、兵法本を読む際の注意事項を最後に言います。このことは企業経営者にも通じると思っています。少なくとも、加護野神戸大学名誉教授の言葉と思われる「経営者は競争が大嫌い(日本経済新聞社刊『ゼミナール経営学入門』による)に通じると思いますが、孫子は「戦争が大嫌い」です。史記や三国志にも通じますが中国の政治家は伝統的に武力を信じていません。経営者は「いかに競争をしないか」を考えて仕事をしなさいと加護野先生は、もとい孫子は言っています。事業システムを構築するにあたって、あえて好んで競争しないことがポイントです。

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